yandyandy’s diary

心臓リハビリテーション指導士から、心臓を持つすべての人へ

産声の秘密

 「出産は奇跡の連続」と言われますが、赤ちゃんがこの世に出てきて一番最初に起こす奇跡を知っていますか?

それは「肺呼吸」です。

 

 赤ちゃんが産まれてオギャーと泣いたあの瞬間、赤ちゃんの身体で何が起きているのでしょうか。

大人との心臓の違い

 前提として、大人の心臓の働きを確認しておきましょう。

 心臓は、右心房・右心室・左心房・左心室という4つの部屋に分けられています。そして、全身を巡って酸素を使い果たした血液は上大静脈下大静脈を通り右心房から心臓へ入り、心室を経由し肺動脈を通って肺に送り出されます。肺で酸素を豊富に取り込んだ血液は、肺静脈を通って左心房から心臓へ戻り、心室へ流れると左心室の強いポンプ作用で大動脈から全身に送り出されます。

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 胎児の心臓も基本的には同じ構造です。

 しかし、胎児は肺呼吸をしていないので血液の流れが少し異なります。ちなみに胎児の肺は、子宮内の羊水と肺の細胞が分泌した肺胞液で満たされた状態です。

 胎児の全身を巡った血液は臍動脈から母親の胎盤へ流れ込み、そこで酸素をたっぷりもらうと、臍静脈から下大静脈を通り心臓へ入り再び全身に送り出されます。つまり、大人のように肺を経由する必要がありません。では、胎盤から右心房、右心室へ流れた血液は肺動脈を通ってどこへ行くのでしょう。

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出典:https://www.terumo.co.jp/challengers/challengers/29.html

 実は、胎児には肺動脈と大動脈を繋ぐ『動脈管』という構造があります。肺動脈へ流れた血液は、この動脈管を通って大動脈へ流れ、そのまま全身へ送り出されるのです。しかし、そうなると左心房に全く血液が流れない事になりますし、全ての血液が動脈管に流れるとしたらもう少し太くないと流れが滞ってしまう気がします。

 そこで、もう一つの構造が『卵円孔』という穴です。これは、右心房と左心房の間の壁(心房中隔)に開いていて、ここから血液が左心房に流れ込みます。そして残りの血液が右心室、肺動脈と流れていき動脈管を通ります。

この『卵円孔』と『動脈管』が大人の心臓との大きな違いです。

 

初めての外の世界

 赤ちゃんは産まれてくる時、狭い産道を通ります。この狭い産道を通る時に肺は圧迫され、肺を満たしていた多くの水分を吐き出し、残った水分も肺の細胞により吸収されます。そして外に出た瞬間、そのスペースに一気に酸素が入り込みます。この最初の呼吸はとても強力で場合によっては肺に穴が開いてしまう事があるそうです。

 そして、一気に吸い込んだ後にでるあの大きな泣き声が『産声』。肺の中の水分がなくなり、しっかり酸素が入った証。大きな声を出して腹筋を働かせることで次の呼吸がしやすくなるそうです。

 この最初の呼吸で肺の圧が下がり、右心室から肺動脈を通り一気に血液が流れ込みます。その結果、大人と同じ血液循環が始まっていきます。

 この一瞬で、血液循環の移行が起こる奇跡。人間の身体は本当によく出来てるな、と感心させられます。

 

 こうして肺が低圧状態になると卵円孔は閉じ、使われなくなった動脈管は徐々に収縮し閉じる事で大人と同じ構造となります。閉じる時期は文献によって差がありますが、機能的(物理的には開存しているが、循環動態的には閉鎖している状態)には卵円孔は生後数分、動脈管は生後半日程度だそうです。器質的に閉じるにはもう少し時間がかかり卵円孔で数週間、動脈管で数日と完全に閉じるのは卵円孔の方が時間がかかるようです。

 これらが閉じない状態を、「心房中隔欠損症」「動脈管開存」と言い先天性心疾患のひとつです。心房中隔欠損症は、卵円孔だけではなく穴の位置は様々です。これらの疾患の病態についてはまた別の機会にお話しでいきます。

 

 出産の時にみんなが待ち望む『産声』。その時、赤ちゃんの身体の中では外の世界で生きていくための大きな変化が起きているのでした。

 

※余談1:「動脈管」は別名「ボタロー管」とも呼ばれます。由来は不明。

※余談2:胎児の心臓の図をお借りしたサイト、とても良かったので見てみてください。